システム思考

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システム思考Systems thinking)は、世界の複雑さをシステムとして全体や関係性の観点から捉える方法である。部分に分割するのではなく、全体として理解することで、複雑な状況において効果的な行動を導くための手段として用いられる。

例えば自然界では、システム思考の対象の例として、例えば、大気、水、植物、動物など相互に作用を及ぼす多様な要素を含む生態系(エコシステム)があげられる。組織について言えば、システムは、組織を健康や不健康にするように機能する、人、構造、プロセスから構成される。システム工学は、複雑な工学システムを設計、構築、運行、維持するためにシステム思考を利用する。日本語の表記は「システムズ・シンキング」「システム・シンキング」とされることもある。

概要[編集]

ルートヴィヒ・フォン・ベルタランフィらが提唱した一般システム理論では、人工物や生物の身体、社会集団など、様々な現象をシステムとして捉える考え方である。この理論をベースに、企業や自治体の経営課題、環境問題といった複雑な社会システムの課題を解決するために、「システム」「情報」「制御」といった概念ツールを組み合わせて実践的に利用可能なアプローチとしてシステム思考が発展した。

「システムとして捉える」とは、事象を部分的に見るのではなく、全体の構成要素間のつながりや相互作用に注目することを意味する。システムの各要素は、それぞれが他の要素や環境から分離されると異なる挙動をするという前提にある。システム思考は全体論的な視点を持ち、デカルト還元主義とは対照的な考え方といえる。

システム思考では、全ての人間活動は開放系であり、環境からの影響を受ける。複雑系では、出来事は時間や距離によって異なり、小さな出来事が大きな変化を引き起こすことがある(レバレッジポイント)。また、ある領域での変化が別の領域で逆の変化をもたらすこともある。そのため、縦割りの思考の弊害を避け、全てのレベルでの有機的なつながりを強調する。

これらを踏まえて、システムの構造や関係性を確認し、システムを制御する・あるいは介入することで課題解決を図るのがシステム思考の考え方である。

歴史[編集]

システム思考は、ヤン・スマッツのホーリズムから、1940年のベルランフィの一般システム理論や、1950年代のウィリアム・ロス・アシュビーが説いたサイバネティックスに至る広範な起源に由来する。この分野は、さらにジェイ・フォレスターやMITの組織学習協会の会員によって展開された。

一般システム理論[編集]

1945年、生物学者のベルタランフィが「一般システム理論」を発表した。当時、生物は一種の機械なのか、何か霊魂のような身体とは別なものがコントロールしているのかという「機械論」「生気論」論争があったが、ベルタランフィは、生物とはそれぞれの器官が外界と相互作用する開放系のシステムであると定義した。そしてこのシステムの状態を保っている(制御している)のは、情報であると考えた。それを踏まえ生物だけではなく、この世のあらゆる事象をシステムとして捉え、世の中の課題に取り組むための理論が一般システム理論である[1]。 一般システム理論は、全体論的なシステム観を持ち、デカルトの還元主義と相対する。そのシステムの各要素は、環境やシステムの他の要素から分離した場合、異なる振る舞いを見せるという前提に基づく。 全体のシステムを構成する要素間のつながりと相互作用に注目し、その上で、全体の振る舞いに洞察を与える。全ての生物活動は開放系であり、それゆえ、環境からの影響を受ける。システム理論では、複雑系において、出来事は距離と時間によって区別され、 小さな種となる出来事がシステムにおける大きな変化へとつながりうる。 ある領域での変化が、別の領域で逆向きの変化をもたらすこともある。 従って、縦割りの思考の弊害をさけるため、全てのレベルでの有機的なつながりを強調する。

サイバネティックス[編集]

ベルタランフィと同時期に、システムの側から生物とシステムの関係を研究していたのが、MITのノーバート・ウィーナーらのサイバネティックス研究である。1940年、ウィーナーはアメリカ国防研究委員会(NDRC)主導の研究に加わり、対空高射砲の射撃制御(自動追随)装置開発を始める。その研究課題について友人の神経生理学者、アルトゥーロ・ローゼンブリュート英語版に話をしたことから、フィードバック制御という人体の働きとの共通点に気づき、共同で研究を行うことになった[2]。 航空機による戦いが主役となった第二次世界大戦では、対空砲などの兵器では、敵機の動きを計測しその動きを予測しながら尚且その目的に弾を当てるための制御の開発が急務であった。フィードバック制御の理論を取り入れて開発されたのがサーボ機構である。 1942年、ウィーナーは、ローゼンブリュートらとの共同論文「Extrapolation, Interpolation and Smoothing of Stationary Time Series with Engineering Applications」を「脳抑制会議 (The cerebral Inhibition Meeting)」の場で発表する。 この会議では、社会学者、生理学者、神経学者が多く出席していた。この脳抑制会議が「サイバネティックス会議」とも呼ばれた、戦後の「生物学と社会科学におけるフィードバック機構と循環因果律システムに関する会議 (The Feedback Mechanisms and Circular Causal Systems in Biology and the Social Sciences Meeting)」いわゆるメイシー会議につながっていく。

システムダイナミクス[編集]

フィードバック制御を取り入れて第二次世界大戦で活躍したサーボ機構、そして戦後の北米防衛システムSAGE(Semi-Automatic Ground Environment)の開発責任者が、ウィーナーと同じMITのジェイ・フォレスターである。SAGEの開発に目処がついた1956年、フォレスターは軍事の分野から離れて、同じMITのスローン経営大学院に移り、経営や社会システムにこのフィードバック制御の原理を応用するようになる。 この手法がシステムダイナミクスであり、フォレスターはその生みの親と呼ばれるようになった。 フォレスターのシステムダイナミクスは、サーボメカニズムの考え方を応用し[3]、その対象は経営問題だけでなく都市問題、さらには地球全体の課題解決にも向かった。1972年ローマクラブが提唱した「成長の限界」において、システムダイナミクスを活用したシミュレーションモデルでは、これ以上無制御な経済成長は資源の枯渇や環境破壊など、地球に深刻なダメージを与えることを明らかにした。 その翌年に起こったオイルショックはこのローマクラブの予言が当たったとされ、この「成長の限界」レポートやフォレスターのチームが作成したシミュレーションモデル『World3』は、世界から注目を集めることになった。

システムダイナミクスからシステム思考(狭義)へ[編集]

システムダイナミクスは、システム内でつながり合う要素同士の関係を、ストック・フロー・変数・それらをつなぐ矢印の4種類で表す。その分析(定量分析)には微積分の知識や専用のコンピュータソフトの助けが必要であり、またこの仕組みを知らない人への説明が難しい。そこで、このモデルの要素である変数のつながり、フィードバック関係を直感的にわかりやすく説明するツールとして、「因果ループ図英語版」が提案された。 因果ループ図は、要素間の因果関係を有向グラフ(ダイグラフ)[4]として表し、その構造を利用して振舞の特徴把握や定性的分析を行うものであり、主に経営・経済問題の分析など定量的な把握が困難なものに関して用例が見られる。 このシステムダイナミクスの定性モデルをポピュラーにしたのが、ピーター・センゲ英語: Peter Sengeの「The Fifth Discipline(ISBN 0385517254、邦訳『最強組織の法則』(徳間書店 1995年 ISBN 419860309X))で、同書は因果ループによるシステム思考をコアにしながら、ビジネスの組織と人間の行動、学習する組織について論じている。同書を契機にこの因果ループ図を活用したシステムダイナミクスの定性モデリング手法は、「システム思考」として広く利用されるようになった。 現在「システム思考」という言葉を使う際、世の中をシステムとして捉え「システム」「情報」「制御」を柱として課題解決を図るための思考法全体を指す場合と、システムダイナミクスの定性分析手法としての「システム思考」を指す使い方がある。 慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科では、前者を「広義のシステム思考」、後者を「狭義のシステム思考」と区別して使用している。

因果ループ図英語版の一例(英語)

脚注[編集]

  1. ^ Ludwig von Bertalanffy (1968; revised) General System theory: Foundations, Development, Applications. (George Braziller) ISBN 0-8076-0453-4
  2. ^ ウィーナー サイバネティックス――動物と機械における制御と通信 (2011.岩波文庫)
  3. ^ Feedback Thought in Social Science and Systems Theory George P Richardson, 1991, Pegasus Communications, p. 129. ISBN 1-883823-46-3.
  4. ^ グラフ理論におけるグラフ。要素とそのつながりを表すダイアグラム。

書籍[編集]

  • システム思考入門 ISBN 4535576114
  • 最強組織の法則―新時代のチームワークとは何か ISBN 419860309X
  • システム・シンキング―問題解決と意思決定を図解で行う論理的思考技術 ISBN 4820740156
  • なぜあの人の解決策はいつもうまくいくのか?―小さな力で大きく動かす!システム思考の上手な使い方 ISBN 4492555757
  • ウィーナー サイバネティックス――動物と機械における制御と通信 (岩波文庫) 2011年 ISBN 400339481X
  • Ludwig von Bertalanffy (1976; revised) General System theory: Foundations, Development, Applications. (George Braziller) ISBN 0-8076-0453-4
  • Fritjof Capra (1997) The Web of Life (HarperCollins) ISBN 0-00-654751-6

外部リンク[編集]